失恋体験談と心のケアについてまとめてみた!

失恋体験談と心のケアについてまとめてみました。

 

  • 1、takuma01 2、1955年生まれ、63歳 3、高校時代同じクラス 4、18歳、高校三年生、特技はなし 5、18歳、高校三年生、短髪でかわいい 6、相手の評価5段階評価(★★★★★) 7、懐かしい彼女 高校時代は同じクラスで共に自転車通学していました。相手の女性は非常に活発で目立つ存在でした。クラスは理系の選抜クラスでともにハイクラスの大学、学部を目指していました。無口で控えめな私は、彼女に好意を抱いてはいましたが特にアクションはしていませんでした。そんな時、朝、私が自転車置き場で自転車からカバンを外している時、突然、彼女が表れて、これよかったら食べてと栗をくれました。私は、突然のことで唯、栗を手に呆然と立っていました。それから数か月して、文化祭の打ち上げをクラスメイトの家で行うとのことで私も誘われてそのクラスメイトの女性の家に行っていました。そこでお菓子などを食べて話している時、また彼女が私の横に来て、何かお菓子を差し出してくれました。私は緊張して、そのお菓子を思わず自分のズボンの上に落としてしまいました。その時、彼女は私のズボンの上に落ちたそのお菓子を拾ってまた私に手渡してくれました。全くの奥手で、単純な私は、これらのことできっと彼女も私のことに興味を持っていると思っていました。しかし受験の時期でもあり、大学進学後に声を掛けようと決めていました。そして無事、お互い大学に進学しました。しかし彼女は大阪、私は東京で、結局、お互いに連絡をとることもなく高校卒業から1年が過ぎようとしていました。しかし私は彼女への思いは変わらず、意を決して、はがきを書きました。そして、彼女に会いに行くことを決め、ある日、思い切って電話をかけました。彼女に電話するのは当然初めてです。彼女は電話口で私が会いに行きたいと聞いた日はあいにくスキーに居て不在との返事でした。その後、はがきの返事があり、私に東京でいい人見つけて下さいと言う趣旨のことが書かれていました。私はショックでしばらく、食を通りませんでした。その後、大学の友人からの誘いで新しい女友達もでき、友達として仲良く付き合いました。また友人と山登りも始め、大阪の彼女のことは時代に忘れて行きました。同じクラスだった彼女とはその後、何十年振りかでクラス会で再会しましたが、もう昔のことは話題にもなりませんでした。

  1. ペンネーム:.aoi
  2. 1983年 35歳
  3. 二人が初めてであった場所:池袋
  4. 当時の自身のスペック:飲み会の席で友人からの紹介4.24歳の会社員。細身の地味なタイプ。趣味は読書や映画などでインドア派。愛嬌のない多部未華子さん
  5. 当時の恋愛対象のスペック:友人の会社の同僚。年齢は同じで特技はギターだが、バンド活動は趣味の範囲のみ。山崎賢人さん似
  6. 相手の評価:★★★★

出会いは彼氏がなかなかできない私を心配した大学時代の友人が職場の同僚を紹介してくれたことでした。

同じ年齢でしたが穏やかな表情で包容力がありそうなタイプでとても大人びているというのが第一印象でした。

会社ではいつも怒られているから社内で人気がないと笑っていましたが、仕事が上手くいっていないのは私も同じことですのであまり気になりませんでした。

初対面の人と話すことが苦手な私ですが、彼と話すのは楽しくどんどん惹かれていきます。

出会った日から付き合うようなことはできませんでしたが、連絡先を交換し交流を深めていく中で自然と交際に発展しました。

彼は仕事が出来ないと言いますが根は真面目で恐らく要領が悪いだけなのでしょう。

一緒にいればいるほど好きになり、私はきっとこの人と結婚するだろうと確信していました。

ですが、付き合って1年ほど経ちお互いに少し大きな仕事も任せてもらえるようになるとすれ違いも多くなってきました。

会えないイライラが募った私は我儘を言いますが、彼も仕事を頑張りたい時期なので待ってほしいと言ってきます。

その頃にはうっすらと結婚の話も出ていたので、いつになるのかと私が責めると彼はまだ出来ないと言います。

どうして私がもう少し理解を示さなかったのかと後悔していますが、そのようなやり取りを何度か繰り返した結果、彼から別れを告げられました。

私は泣いて謝りましたが彼の決意は固く、失恋することとなりました。

そこからしばらくは後悔ばかりが渦巻いて、何もする気が起きませんでした。

そんな時に会社の先輩に勧められたのが、今の趣味でもある登山でした。

インドア派の私が失恋して山登りなんてと馬鹿にしていましたが、騙されたと思って先輩に同行すると面白くてハマってしまいました。

山を登る時はほぼ無心でいられたので毎日考えていた彼のことも忘れ去られています。

何より挑戦するものができたことで前向きな気持ちになることができました。

こうして私は新たな趣味を持つことで彼への未練を断ち切ることができたのでした。

突然の失恋

  1. ペンネーム:ハシモ
  2. 1995年・23歳
  3. 二人が初めてであった場所:池袋
  4. 当時の自身のスペック:23歳・痩せ型・菅田将暉似・ファミレス店員・バスケが得意
  5. 当時の恋愛対象のスペック:年齢25歳・背が小さくて細い・安室奈美恵似・料亭の仲居・三味線が得意
  6. 相手の評価:★★★★★

彼女とは出会い系で出会った。

写真で見た印象は優しくて素直な人だった。

そんな彼女と、お互い空いてる日に池袋で会うことになった。

洋食屋さんでお話しした後、磯丸水産で飲んだ。

僕は酔っていて、仕事の愚痴や友人、家族のことなど色々話したが、彼女は黙って聞いてくれた。

別れ際も、酔っていた僕を駅まで送ってくれて、優しい子なんだと改めて思った。

彼女とまた池袋で会うことになったが、僕は不機嫌だった。

実は出会う前に喧嘩していたのだ。理由は次のデート場所について。

僕は新宿で行きたいオムライス屋があり、そこに誘ったのだが、彼女は気に食わないらしかった。

実は彼女にとって新宿は遠く、僕にとって近かった。

彼女にとって「なぜ私が新宿まで行くの?」ということで喧嘩になったが、僕が折れて池袋になった。

ファミレスに行き、食事をすることになった。僕は「絶対に喋るまい」と思い口を開かなかった。

すると突然彼女が「あなたってお話しないし、つまらない」と言い出した。

困惑した僕は「じゃあ、なんで誘いに乗ったんだよ!」とキレた。

すると彼女が「帰る」と言い出した。

お金をテーブルに置き、彼女は立ち去っていった。

あっけにとられた僕は彼女を止めることができなかった。

今はその彼女とは別れて連絡も取り合っていない。

もっと彼女に優しくしていればよかったと思う時もあるが、別れる時なんてこんなものだと開き直るようにしている。

そんな僕が実践している失恋した時の心のケアとしては、まず、彼女の連絡先を消すことである。

彼女との履歴がスマホに残っているだけで、失恋当初は結構痛い。

次に、友人と食事に行くことである。

同性の友人とお話すると気が紛れることが多い。

その中の誰かが自分と同じように失恋間際だったら、愚痴りあってお互いスッキリすることもある。最後に、食べることである。

仕事に打ち込むというもいいと思います。

食べる、という恋愛と全く関係のない集中することで、その一時は失恋を忘れてしまうことは多い。

実際この方法で、僕の中で、彼女の存在が薄れていきました。

LINEで告白するも1行でフラれる

  1. ペンネーム:きつね
  2. 1994年 24歳
  3. 二人が初めてであった場所:高校の部活
  4. 当時の自身のスペック:15歳・普通体系・歌手のAI・高校生・ギター
  5. 当時の恋愛対象のスペック:15歳、普通体系、城田優、高校生、ドラム
  6. 相手の評価:★★★★

 

高校時代に軽音楽部に所属しており、バンドを組んでいました。

私はギター&ボーカルを担当しており気になる人はドラムを担当していました。

彼を気になりだしたのは卒業間近のときでした。

「卒業したらもうバンドができなくなるのか、そうすると彼とも会えない」と卒業することより、彼と会えなくなることが寂しいことに気づいたのです。

その時、あぁ私は彼が好きなんだなと実感しました。これと言って気になる仕草や顔がタイプだったわけではなく、共に音楽を紡ぐうちに心を通わせ好きになっていたのだと思います。

彼とはくだらないおしゃべりばかりする中で、きゅんきゅんくるような会話や行動は一切なく恋が発展することはなかったです。

しかし、防音された密室の部室でドラムを叩くたびにきらめく汗に何度もときめきました。卒業も近く私に勇気もなかったので告白などは全く考えていませんでした。

そして関係は変わらないまま卒業を迎えました。

告白できなかったのは残念でしたが、いい思い出にしようと自分の中で決めていました。

しかし、卒業してしばらくたったころ急に彼に会えないのが寂しくなりました。

その時に初めて告白をしなかったことを後悔し、この勢いで告白してしまおうと決めました。

LINEしか知らなかったのでLINEで「卒業間近から好きでした」とシンプルに送りました。

彼からの返答は「知らなかった、でもごめん」とシンプルな返答でした。

あえなく玉砕したわけです。

思っていたより心の傷は深く、枕をぬらして泣きました。

次の日にはカラオケに行き大声で叫びながら歌いました。その次の日には暴飲暴食をしました。

やりたいことをやったあとはスッキリして失恋のショックはなくなっていました。

現在彼とは全く連絡をとっていません。

あの告白以来話してもいません。

このまま若かりし頃の思い出として残したいと思います。

同棲後、追い出されました

  1. ペンネーム:カルパッチ
  2. 1982年 37歳
  3. 二人が初めてであった場所:居酒屋
  4. 当時の自身のスペック:20歳、痩せ型、広末涼子、看護師、注射。
  5. 当時の恋愛対象のスペック:21歳。スマート。特に似た人はいませんが、歳上に好かれそうな可愛らしい顔立ち。建設業、ボクシング。
  6. 相手の評価:★★★★

当時、趣味のギターを通じて音楽仲間ができ、その仲間の友達として出席していたのが彼でした。

飲み会から数日後に、彼の友達で音楽仲間からの連絡で、「彼が一目惚れで、今度 2人で会いたい。」と言っていることを知らせてくれました。

彼氏もいませんでしたし、何回か2人で夕食をした後、彼からの告白で、付き合いへと発展しました。

私は一人暮らし、彼は実家 暮らしで、毎週末お泊りに来られ、それが毎日に変わり、そして同棲が始まりました。その後 引っ越し、新天地での生活は順調かのように見えました。

交際期間が長くなるにつれ、私の方の両親に干渉されるようになったので、彼に、実家へ挨拶に来てもらえないか お願いすると、まだ2人の暮らしを楽しみたいから、という理由で、断られました。

それが2人の調子を狂わせる キッカケになって行きました。

私が2年振りに実家に帰ることになった際に、彼から「荷物を まとめて。」と意味深なことを言われ、とりあえず不要な荷物を実家に送って実家に帰りました。

着いてすぐ、大きな荷物が私に届いたので開けると、同棲先の荷物が全て送りつけ られていたので状況が飲み込めず、即彼に連絡しましたが、その番号は、使われていない状態になっていました。

疑念など、いろんなことが頭を巡りましたが、『荷物をまとめて。』が、実質の振られた言葉だったのです。

直ちに戻って、沢山 聞きたいことがあったのに、バッサリ切り捨てられた私は、泣いて泣いて、年月を掛けて、その後、出会った優しい男性に、やけ酒を付き合ってもらう内、かけがえのない存在になって行き、旦那様となり、幸せに暮らしています。

ストーカのK

  1. ペンネーム:ちりりんこ
  2. 1978年 40歳
  3. 二人が初めてであった場所:友達主催のライブ
  4. 当時の自身のスペック:30・細身・坂下千里子・休職中・大食い
  5. 当時の恋愛対象のスペック:32・普通高身長・北村一輝・SE・歌
  6. 相手の評価:★★★★★

男友達主催のLIVEに訪れた時のこと。

LIVEが終わり花束を渡しに舞台袖にいくと、そこで主催者に同じく花束を渡しにきていたKと出会いました。

Kはびっくりするほどのイケメン。

トーク力も抜群で、ちょっとアンニュイでニヒルな雰囲気を醸し出していました

。いかにもモテ系で、私はそういうタイプの人には惹かれない傾向。

その場にいたメンバーは全員連絡先を交換し合い、私もKとそうやって自然な形で繋がったものの、とくに付き合う可能性などは感じませんでした。

後日、グループチャットをしているときにKが私にやたら発言について突っかかってくるようになりました。

「この人はなぜこんなに怒っているのか、私が悪いことをしたんだろうか」などと嫌な気持ちになっていたところ、お詫びのチャットが入り、「疲れが溜まっていて突っかかってしまった、申し訳ない」とのこと。

「甘えたいのに素直に甘えられないタイプなのかな」と解釈した私。

それからなんとなくKのことが気になるようになり、電話で毎日のように話す仲に。

それから付き合い始めるまでにそう長い時間はかかりませんでした。

ところがいろいろ話を聞いていると、どうやらKは子供の頃両親からDVを受けていたとのこと。

そういう無意識下のストレスが私に向けられ始め、親しくなればなるほど私に対しての当たりが強くなっていき、最後には暴言が始まりました。

私は怖くなり、別れを切り出しました。

Kは怒り心頭でしたが、ストーカーになりそうな私への執着心が垣間見えたため、傷の浅いうちに距離をおこうと思いました。

最後は揉めましたが、うまく逃げきって現在は音信不通状態。

ただ数年に一度、いまだに「Kじゃないか」と思うようないたずら電話があります。

 

サブ店長の彼氏

  1. ペンネーム:マイカ
  2. 1979年 40歳
  3. 二人が初めてであった場所:同じ職場
  4. 当時の自身のスペック:27歳・痩せ型・山田優・アパレル店員・短距離走
  5. 当時の恋愛対象のスペック:30歳・痩せ型・田村淳・アパレル店員・クルマの運転
  6. 相手の評価:★★★★★

アパレル店員として働き始めたお店の先輩として彼と出会いました。

彼は、サブ店長でもあったため私の面接官でもありました。

そんなこともあり、私はよく彼を頼りにしていたことが距離を縮めるきっかけになったのだと思います。

ですが、同じお店で働いている時にはそれ以上の進展はないまま、彼は他店に異動。私は、契約満了で退社しました。

そこで私は自分の気持ちに気付いたのですが、直接連絡するすべはなく諦めていました。

すると共通のスタッフを介し、彼が私と会いたがっていると話をもらい半年ぶりに再会を果たし、彼からの告白で付き合いが始まりました。

付き合いは3年ほど続き、2人の関係も順調に進んでいたのですが、彼の地方への異動が決まり、結婚話しをされましたが、新たに始めた仕事が楽しく、結婚自体にもともと願望がなかったためにそれを機にお別れしました。

彼に別れを告げた時には、迷いもなくスッキリとした気持ちを持っていたつもりでしたが、彼と会えなくなってから別れを告げたことを後悔しきれないほど後悔しました。

気づけば、付き合う前も彼に会えなくなって、後悔したはずなのにそれに気づけなかった自分にイラつきさえありました。

もう、彼以上にこれから好きになれる人はいないと思い、もう10年近く経ちますが恋愛をする気持ちから離れ、さまざまなことに興味を持つことで失恋した気持ちをケアできたのだと思います。

忘れようとするとそのことで頭がいっぱいになっている自分がいるものです。

想うだけ想い、泣くだけ泣く。

失恋には、新たな出会いが一番だともいいますが、私はそれが逆効果になることをわかっていたので、友人からの出会いの場への誘いも断り続けました。

人は悲しいもので、良くも悪くも気持ちを持続するのは難しいものです。

失恋を忘れるには、気持ちが消えるのを待つのが一番です。

失恋のことは忘れて自分のことに集中しよう

  1. ペンネーム:まっくん
  2. 1980年生まれ 38才
  3. 二人が初めてであった場所:婚活サイト
  4. 当時のスペック:(年齢32才・普通体型・薄顔フツメン・メーカー営業・ギターが弾ける)
  5. 当時の恋愛対象のスペック:(年齢26才・小柄やせ型・濃い顔黒髪ロング・派遣OL・ピアノが弾ける)
  6. 相手の評価:★★★★★

婚活サイトで出会って2年付き合った彼女と別れてしまった時はかなり落ち込みました。

感情の起伏の激しい彼女ではあったのですが、その分楽しい時はこれ以上ないほどベタベタしていろいろな所に旅行に行ったりして、交際2年目からは半同棲状態でした。

見た目も可愛いし、自分には不釣り合いなくらいだと思っていたので、大事にしていたつもりでした。

彼女も僕と付き合うといろいろな新しいことができると喜んでいたし、友達にも自慢してくれていました。秦から見ても、喧嘩はあるけど上手く行っているカップルだったと思います。

それでも喧嘩になると常にこっちが折れたり、相手の好きなもの嫌いなものに気を使って入る店を決めたり、プレゼントを捜しまわったり尽くす恋愛でした。

でも結局自分には荷が重かったのか、彼女も気を使われてばかりの恋愛に疲れてしまったのか、半同棲中に何回か続いた喧嘩がきっかけで出て行ってしまいそのまま修復できずに完全に別れてしまいました。

どちらも完全に嫌いになったわけではないのに、お互いのエネルギー切れで別れてしまった感じで残念だけどもう復縁の余地はないなと感じて、別れた後はもう恋愛なんてしたくないというくらいにかなり落ち込みました。

彼女と別れた後の自由を謳歌することで失恋した自分の心をケアしました。

例えば彼女が苦手で行くことのなかった大人な雰囲気のバーに行ったり、彼女がにおいだけでも嫌いだったチーズ入りの料理を食べたり、遠慮して断っていた女のメンバーもいる飲み会に参加したりしました。

交際時代を否定するわけじゃないけど、別れて自由になれたと感じることで失恋の傷が癒えました。

  1. ペンネーム:takuma01
  2. 生まれ年+実年齢:1955年生まれ 63歳
  3. 二人が初めてであった場所:高校時代同じクラス
  4. 当時のあなたのスペック:18歳、高校三年生、特技はなし
  5. 当時の恋愛対象のスペック:18歳、高校三年生、短髪でかわいい
  6. 相手の評価:★★★★★

    懐かしい彼女 高校時代は同じクラスで共に自転車通学していました。

    相手の女性は非常に活発で目立つ存在でした。クラスは理系の選抜クラスでともにハイクラスの大学、学部を目指していました。

    無口で控えめな私は、彼女に好意を抱いてはいましたが特にアクションはしていませんでした。

    そんな時、朝、私が自転車置き場で自転車からカバンを外している時、突然、彼女が表れて、これよかったら食べてと栗をくれました。

    私は、突然のことで唯、栗を手に呆然と立っていました。

    それから数か月して、文化祭の打ち上げをクラスメイトの家で行うとのことで私も誘われてそのクラスメイトの女性の家に行っていました。

    そこでお菓子などを食べて話している時、また彼女が私の横に来て、何かお菓子を差し出してくれました。

    私は緊張して、そのお菓子を思わず自分のズボンの上に落としてしまいました。

    その時、彼女は私のズボンの上に落ちたそのお菓子を拾ってまた私に手渡してくれました。

    全くの奥手で、単純な私は、これらのことできっと彼女も私のことに興味を持っていると思っていました。

    しかし受験の時期でもあり、大学進学後に声を掛けようと決めていました。

    そして無事、お互い大学に進学しました。

    しかし彼女は大阪、私は東京で、結局、お互いに連絡をとることもなく高校卒業から1年が過ぎようとしていました。

    しかし私は彼女への思いは変わらず、意を決して、はがきを書きました。そして、彼女に会いに行くことを決め、ある日、思い切って電話をかけました。

    彼女に電話するのは当然初めてです。

    彼女は電話口で私が会いに行きたいと聞いた日はあいにくスキーに居て不在との返事でした。

    その後、はがきの返事があり、私に東京でいい人見つけて下さいと言う趣旨のことが書かれていました。

    私はショックでしばらく、食を通りませんでした。

    その後、大学の友人からの誘いで新しい女友達もでき、友達として仲良く付き合いました。

    また友人と山登りも始め、大阪の彼女のことは時代に忘れて行きました。

    同じクラスだった彼女とはその後、何十年振りかでクラス会で再会しましたが、もう昔のことは話題にもなりませんでした。

失恋した時の心のケアは勉強でした

  • ペンネーム:Mark11
  • 生まれ年+実年齢:1991年27歳
  • 二人が初めてであった場所:アルバイト先
  • 当時のあなたのスペック:18歳・ほんの少しマッチョ・サンドウィッチマンさんを足して2で割った顔・学生
  • 当時の恋愛対象のスペック:年上女性で細身の真琴つばささん似の会社員
  • 相手の評価:★★★★

高校生の時にガソリンスタンドでアルバイトをしていた時の話です。

ある日、洗車の研修という事で系列店舗の洗車専門店へ足を運びました。

そこで私に洗車の技術を教えてくれたのが副店長でもある彼女でした。

一目見た時から密かな恋心を持っていましたが会話することも余り無く、そのまま研修が終わりました。

そこから数ヶ月経ったある日、洗車専門スタッフとして彼女が転属されてきました。

彼女ともそれなりに話すようになり距離を縮めていたある日のこと、彼女の方から食事に誘われました。

断る理由も無く喜んでついていくとその場での話は前の店舗の店長と別れたいという恋愛相談でした。

前の店長と付きあっていたことにも驚きましたが、何よりも相談されたことが嬉しかったように記憶しています。

そんな相談を受けていく内にどんどん仲良くなり仕事終わりに二人で出かけることも増え、最終的には同じ部屋に住むことになりました。

今振り返ると私の最大の失敗はここで付きあっているかの確認を怠ったことです。

しかし高校生の私は同棲してるのに付きあっていないなんてことがあるわけないとたかをくくっていました。

同棲を始めてから約3ヶ月が経ったある日、彼女が無断欠勤をしました。

たまたま実家にいた私は、翌日家に行ってみるとそこはもぬけの殻になっており、電話を掛けてもメールをしても繋がらず途方にくれました。

後日談ですが会社と揉めたらしくそのままいなくなったそうです。

その後私は数ヶ月放心状態で学校にも行かず、バイト先でもミスの連発と人が変わっていました。

そんな時に心のケアとしてしていたことは勉強です。

少しでも忘れたくてでも人と関わることが出来なくて、勉強なら一人で黙々と出来ますし、している間は集中しており彼女のことを思い出すこともなく過ごせました。

余談ですがそのケアの方法を実践した結果国立大学の受験にも合格し、社会人になった今も勉強することに抵抗が無く有意義な時間だったと思います。

なお、その彼女は今も連絡が取れていません。

 

 

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