今回は長嶋茂雄の実家・家族構成についてまとめました。
長嶋茂雄の家族構成
家族 | 家族情報 |
父親 | 長嶋茂雄 |
妻 | 長嶋亜希子 |
長男 | 長嶋一茂 |
長女 | 長嶋有希 |
次女 | 長嶋三奈 |
次男 | 長嶋正輿 |
長嶋茂雄の妻
長嶋亜希子さんの経歴
長嶋茂雄の妻は亜希子さんと言う方です。
亜希子さんは超エリート一家の元に生まれ、祖父が、「東運堂書店」の経営者で、父は「内外出版社」の代表を務めていました。
また、亜希子さんは幼い頃から才女として評価され、高校時代にはアメリカへ留学しています。
その後、現地の高校とミネソタ州の聖テレサ大学を卒業し、在学中に英語、フランス語、スペイン語を習得しています。
そんな亜希子さんは、堪能な外国語のスキルを買われ、1964年に開催された東京オリンピックのコンパニオンとして活躍していました。
その後、長嶋茂雄と結婚し、4人の子供にも恵まれ夫婦円満に暮らしました。
長嶋亜希子さんの急死
2007年に息子夫婦と食事をした後に、亜希子さんは突然意識を失い、入院することとなりました。
その後、懸命な治療も及ばず62歳の若さで亡くなられています。
亜希子さんが亡くなったのは急だったようですが、最期は家族に見守られながら息を引き取ったそうです。
長嶋亜希子さんの墓所
亜希子さんのお墓は、アメリカのハワイにあります。
亜希子さんの墓所を日本ではではなく、遠く離れたハワイに作ったのには理由があります。
実は、長嶋茂雄と亜希子さんの長男である一茂さんは幼い頃に母親と2人でハワイに訪れたことがあったそうです。
詳しくは後述しますが、長男の一茂さんはパニック障害という病気を患っていました。
その時、一茂さんは心を落ち着かせるため、母親との思い出の地であるハワイへ足を運んでいたそうです。
そのため、長嶋家にとって特別な場所であるハワイに亜希子さんのお墓を建てることにしたそうです。
長嶋茂雄と妻、亜希子の馴れ初め
長嶋茂雄と亜希子さんが出会ったきっかけは、2人の対談によるもので、2人が出会った時、亜希子さんは22歳で、長嶋茂雄は29歳でした。
上記でも示したように、亜希子さんは堪能な外国語のスキルを買われ、1964年に開催された東京オリンピックのコンパニオンとして活躍していました。
そんな中、巨人の選手と東京オリンピックコンパニオンの座談会が行われ、当時巨人の三塁手として活躍していた長嶋茂雄は、亜希子さんに一目惚れしました。
その後、長嶋茂雄は亜希子さんに猛アタックし、なんと出会ってからわずか40日で婚約することとなります。
実はこの時、亜希子さんは自身の外国語スキルを活かし、外部省で働くことを望んでいたそうです。
しかし、結婚を機に夢を諦め、野球選手の妻として長嶋茂雄を支えることにしました。
長嶋茂雄の子供は何人いる?
長嶋茂雄に子供は4人います。
- 長男:一茂(かずしげ) 58歳
- 長女:有希(ゆき)57歳
- 次女:三奈(みな)56歳
- 次男:正輿(まさおき)53歳
1人ずつ紹介していきます。
長男:長嶋一茂(ながしま かずしげ)
長嶋一茂さんは父と同じ元プロ野球選手で、現在はタレントやスポーツキャスターとして多くのテレビ番組に出演しています。
一茂さんは父親の影響で小学生の頃から野球を始め、ピッチャーとして活躍していました。
その後、1度野球は辞めていますが、「父親と同じ立教で野球をやりたい」という思いから、立教高校へと進学しています。
高校卒業後は、立教大学へ進学した後、ヤクルトスワローズへドラフト1位で入団しています。
さらに1993年には、長嶋茂雄が監督を務める読売ジャイアンツへ移籍が発表され、監督と選手が親子と言うことで大変話題になりました。
しかし、怪我や素行の悪さから、1995年に戦力外通告を受け現役を退いています。
また、一茂さんは読売ジャイアンツ時代に、父親が監督であるというプレッシャーや世間からの評価に苦しみパニック障害を患いました。
父親が偉大な存在であったため、心身へのストレスは計り知れない大きさだったのでは無いでしょうか。
長女:長嶋有希(ながしま ゆき)
長嶋茂雄さんには有希さんという長女がいますが、何をされているかなどの情報はありませんでした。
有希さんは一般人であるため、個人的な情報は公にされていないようです。
次女:長嶋三奈(ながしま みな)
長嶋三奈さんはスポーツキャスターとして活躍されています。
過去にはスポーツ記者としてテレビ朝日に勤めており、現在はフリーとして働かれています。
また、母親の亜希子さんが亡くなられて後は、長嶋茂雄の個人事務所である『株式会社オフィスエヌ』の代表取締役も勤めています。
さらに、長嶋三奈さんは1998年から2013年まで、『熱闘甲子園』という番組のメインキャスターを務めました。
長年、高校野球の取材に関わってきたことから2017年の高校野球で開幕試合の始球式を務めました。
ボールは外角へ外れていきましたが、始球式の4日前には、長嶋茂雄さんから直接指導をしてもらったそうです。
また、『三奈』という名前には由来があって、3番目に生まれてきたことに加えて、長嶋茂雄さんの背番号が3だったことにちなんでいるそうです。
次男:長嶋正興(ながしま まさおき)
4兄弟の中で1番末っ子の長嶋正興さんは現在、環境管理士として環境分野に携わる仕事をしています。
そんな長嶋正興さんですが、駒沢大学在学中の1992年にレーシングドライバーとしての活動を開始しています。
鈴鹿サーキットで開催された全日本GT選手権での優勝や、アメリカの名門レースである『パイクスピーク・インターナショナル・オートヒルクライム』に参戦するなど、国内外から一定の評価を受けています。
その後、長嶋正興さんはレーシングドライバーを引退し、2008年からは環境の分野で活動の幅を広げています。
長嶋茂雄の家族のタブーとは?
長嶋茂雄の子供達は、様々な分野で活動していることをお伝えしましたが、そんな長嶋家には、とあるタブーが隠されているそうです。
- 長嶋茂雄と長男、一茂さんとの関係
- 長男、一茂さんと次女、三奈さんとの関係
以上の2つが長嶋家のタブーと言われています。
1つずつ紹介していきます。
長嶋茂雄と長男・一茂さんとの関係
長嶋茂雄さんと一茂さんは、13年間顔を合わせていないそうで、一茂さんは、「生きているうちに父と会うことはない」とコメントしています。
長男であり、父親の元でプロ野球選手として活躍した一茂さんですが、なぜそのような関係になってしまったのでしょうか。
実は、長嶋茂雄の妻である亜希子さんが亡くなった時、一茂さんは亜希子さんの遺品や長嶋茂雄にゆかりのあるグッズを有名コレクターに売却したそうです。
それがきっかけで、長嶋茂雄と一茂さんは絶縁状態となりました。
以前、一茂さんは長嶋茂雄に手紙を出したり電話をしたりしたそうですが、本人からの返事はなかったそうです。
長男・一茂さんと次女・三奈さんとの関係
さらに、一茂さんは長嶋茂雄だけでなく、次女の三奈さんとも疎遠になっているそうです。
2人が疎遠になった理由としては、長嶋茂雄の商標登録の問題があるそうです。
実は、長嶋茂雄という名前の商標登録は、三奈さんが代表取締役を務める『株式会社オフィスエヌ』が取得していました。
しかし、その商標登録の期限が切れた時に、今度は一茂さんが代表を務める『ナガシマ企画』という会社が、長嶋茂雄の商標を登録したそうです。
さらに、その商標登録が、『株式会社オフィスエヌ』の許可なく使われていたようで、それ以降、一茂さんと三奈さんは対立するようになりました。
現在も2人の確執は続いているそうで、問題解決には時間がかかりそうです。
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